おもしろいこと、この地から。週 刊 東 北! Vol.011/福島に新しい1軒のカフェが生まれる日【中編】

週刊東北!

【毎週水曜16:00更新】
オーガニックカフェ「ヒトト」が吉祥寺での9年間にいったんピリオドを打ったのが2016年1月。そして9月30日に福島市へ場所を移し、新生「ヒトト」がオープン。全3回に渡り、生まれるまでの時間と、生まれ立ての瞬間とを追っていきます。今回は2回目。なぜ今、福島なのだろう? お店をつくるってどんなことなのだろう?(※本連載【前編/後編】はページ下部にリンクがあります。合わせてご覧ください)

更新日:2016/10/05

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ヒトトを含めた福島チームが那須塩原へと遠征。7/3には「1988 CAFE SHOZO」もガレージセールに出展しさらに町が活気づいた。

2016年7月には黒磯、8月には東京で。
”みんなの福島ヒトト”を形作っていた夏。

 7月2日・3日、旧黒磯市(現・那須塩原市)の「SHOZO CAFE」で「福島発、→黒磯行き」という名のイベントが行われ、“福島ヒトト”チームの初お披露目に。唯一のフード部隊とあって、2日前から現地に入り、仕込みをしてイベントに備えた。ヒトトの料理人・千葉夢実さんが会津に開いていたカフェ「Baku Table」時代から使い続けている、西会津の車麩や喜多方の大江ファームの野菜をたっぷりと使った「ヒトトのお野菜弁当」や「大江ファームの夏野菜とひよこ豆のキーマカレー」を、1日100食×2日間で計200食準備。夕方前にはすべてを売り切ることに。

 この2日間が実現したのは、「1988 SHOZO CAFE」と福島の長い付き合いによるもの。ヒトトのサービスを担当する大橋祐香さんがこれまで7年半働いた場所でもあり、藁谷志穂さんは学生の頃から「SHOZO CAFE」に通っていた歴史がある。大橋さんや藁谷さんにとっては、もうひとつのふるさとのような場所である黒磯で、チームヒトトを含めたチーム福島のスタートになった。


 8月に入ると、大橋さん、藁谷さん、千葉さんの3人は福島から上京。福島ヒトトの立役者であるオーナー奥津爾さんと典子さん、そして吉祥寺時代のお店のスタッフと共に5日間の合宿に。素材との向き合い方、料理の味を、一つひとつ自分のものにする。

 最終日の8月15日には、合宿先のカタネベーカリーのバケットを使った「車麩カツの夏野菜サンド」と「黄色いズッキーニの冷製スープ」のメニューで“1 day Cafe”を開店。最後のお客さんを送り出したあと、安堵感とも溜息ともつかない、3人の息が重なる。オープンまで、あと1カ月半となっていた。


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「1988 CAFE SHOZO」にて。ヒトトのお野菜弁当/福島と黒磯のみなさんが混ざり合って記念撮影。左から奥津爾さん、藁谷志穂さん、山本智子さん(東京スタッフ)、千葉夢実さん、大橋祐香さん、吉玉美沙さん(東京スタッフ)、山口あつこさん(同)、菊地省三さん(SHOZO CAFEオーナー)

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8月15日、東京で過ごした最終日の「1 day Cafe」のメニュー。東京のヒトトファンにもお披露目の場に。(画像提供/LIFEKU)

2012年、LIFEKU ミーツ ヒトト
それぞれの“いい仕事”に共振し合って。

 吉祥寺から福島へ、というヒトトの壮大なる引っ越しを実現へと導いたのは、福島の街を活気づけようとする「LIFEKU」のふたり、藪内義久さん・藁谷郁生さんと、奥津さんの出会いから。

「それ以前にも福島市内のイベントでニアミスはしていたけど、きちんと話したのは『OPTICAL YABUUCHI』に遊びに行った時が最初。眼鏡に対する藪内君の情熱や丁寧な仕事ぶりはもちろん、町全体の魅力を高めるために大工仕事をしたり、洋服店BarnSの高橋省吾さんは植栽をしたり。福島には“いい仕事”をする人がたくさんいる。楽しみながら、まるで息をするように自然にカッコいいことをしている姿に感銘を受けた」。

 福島のコミュニティはまあるい。仲間で群れるのではなく、持っている力は惜しむことなく共有し合う。過不足ないあり方が気持ちいいのだという。奥津さんの中で福島の存在が大きくなっていった。


 一方、藪内さんと藁谷さんは震災以降LIFEKUとして活動する中で、現在の福島の食をきちんと発信できて、福島の人が集えるようなお店が必要だと感じるように。「どんな店がいいのか? どんな人なら一緒にできるのか? 常に探していました」。

「福島で玄米菜食をやっている店は少なかったし、確かな思いのある人に僕らは出会えなくて。そんなとき、吉祥寺の『ヒトト』としての活動や、種から食べることを問い直す『種市』のプロデュースなど、奥津さんの思いや行動を知るほどに、この人しかいない、ヒトトなら福島に一石を投じてくれるはずだって。そして、吉祥寺のお店で実際に食事をした時、その思いをさらに強くして」と藁谷さん。「住んでいる場所でもないのに自分ごととして真剣に考えてくれるから、どんな言葉もすっと入ってくる。僕らと同じ感覚で生きている人だなぁって」と藪内さんは続ける。

 そして2014年の冬、2人は「奥津さん=ヒトトを福島に呼ぼう!」と決めた。


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LIFEKUの共同代表を務める、藁谷さん(右)・藪内さん(中)と、ヒトトの奥津さんは、それぞれの仕事ぶりを尊敬し合う仲間。「福島の若い世代に何を見せられるのか。次の世代に伝えていく手伝いがしたい」と奥津さん。ヒトトの入るニューヤブウチビル1F、OPTICAL YABUUCHIの前で。

2015年12月13日、1年越しで
LIFEKUの想いが叶った日。

「福島に出店してほしい」。
LIFEKUの2人が奥津さんに思いを伝えた頃、吉祥寺のヒトトはビルの老朽化を理由にクローズすることを決め、粛々と店じまいの準備をすすめていたそう。「2人の気持ちは嬉しかったけれど、飲食店を続けることの難しさはよくわかっているから。すぐに返事はできず、保留にさせてもらったんです」。


 薮内さんと藁谷さんは、東京と雲仙に出向き、奥津さんの力を必要としていること、東京から福島へというベクトルを示すことにも大きな意味があるのだと、気持ちを伝え続ける。「この間僕らも、なんで奥津さんじゃないとだめなんだろうって考え続けて。でも、どんなに考えても結論は変わらない。僕らが欲しいのは奥津さんのエネルギー。奥津さんって、ワクワクするんですよ。こんな人を他に知らない(笑)」。

「僕のアイデンティティである雲仙で、どんなふうに暮らし、地元の人と関わっているのか見に来てくれたのは、僕の家族にとって大きな意味があって。東京から雲仙へ来た理由のひとつが、家族との時間を作るためだったから。その後、藪内君が家族を福島に案内してくれて。高校生の息子が、お父さんやればいいんじゃない、ここなら僕も時々雲仙から遊びにきたい、と言ってくれて。温泉に浸かっている時だったなぁ」。機は熟し、奥津さんの気持ちは固まった。


 2015年12月13日。奥津さんを口説き始めてから1年が経とうとしていた頃、奥津さんから藪内さんに1本の電話が入る。待ちに待った奥津さんからの返事を受け取った彼は、すぐに藁谷さんに伝えると「もう嬉しくて飛び上がった(笑)」。
「やる、と決めるまで何度も断ったけれど、粘り強く僕を求めてくれる2人と時間をかけてやりとりする間に、やっぱり僕がやるのがいいんだと。1年間というのは、僕が自覚するのに必要な期間だったと思う。福島では求められていることに応えたい。それが、福島で僕がやりたいこと」。奥津さんの言葉は力強かった。【10/12配信の後編に続きます】


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奥津さんの暮らす長崎県・雲仙小浜の風景。昔からの石垣の棚田が果てしなく続く。最近では継ぎ手も減り、耕作放棄地が増えている/その棚田まで降りてみた場所。川が流れる橋の上で棚田を見下ろす奥津さん(本記事の撮影を担当する写真家・志鎌康平さんが2016年8月、雲仙を訪れて撮影)

【今週出会った、東北の素敵な場所】食堂 ヒトト

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オーガニックカフェ「ヒトト」が吉祥寺から福島市へと場所を移し、9月30日にオープン。写真は工事中、店内の間仕切りに、墨汁で染色する大橋祐香さん。(画像提供:LIFEKU)

※ 10/15(土)にはLIFEKUメンバーの各店舗が会場になる「本」テーマのイベント「BOOK BOOK BOOK TRIP」が開かれ、ヒトトは屋上で旅をテーマにした軽食と飲み物を提供予定。19:30~20:30にはエッセイスト・酒井順子さんと編集者・高橋亜弥子さんのトーク「本を旅する」も開催。

TEL.024-573-0245 
福島市大町9-21 ニューヤブウチビル3F
営業 12:00~19:00 火定休 
アクセス/JR福島駅より徒歩13分

※ヒトト記事の【前編】は下記リンクより

WRITING/AKIKO MORI PHOTO/KOHEI SHIKAMA(roku)

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