VOICE OF CHEESE 日本のチーズ職人「百人百話」 Vol.18① 北海道・道東エリア 日本チーズの“こえ”に出会う旅

今、着実に盛り上がりを見せている日本のナチュラルチーズ。国内の工房数は10年前の倍近くに増加し、国際コンクールで入賞を果たすチーズが続々と現れています。生乳を発酵・熟成させて作るナチュラルチーズは、自然の力と職人の製造技術のたまもの。そして何より作り手の想いが込められていることが、美味しさの必須条件です。チーズが生まれる現場から、作り手の“こえ”をお届けする本連載。

更新日:2020/10/20

VOICE 69 北海道・白糠町「白糠酪恵舎」井ノ口和良さん

(画像左)「日本の食卓にすっと馴染む、ミルク感たっぷりの優しい味。高級でも特別でもない日常の喜びをチーズに込めて」/「白糠酪恵舎」井ノ口和良さん (画像右上)約20種のチーズを年間30tほど製造。レストランなどの卸も含めると、全国に450店ほどの取引先が (画像右下)白糠の豊かな
緑に囲まれた売店

多くの同業者に教えを乞われ、目標とされる職人・井ノ口和良さん。取材に訪れた工房は、ちょうど製造の最中でした。無駄のない手さばきとみなぎる緊張感。ひと目でプロフェッショナルの仕事場だと分かる空間から生まれるチーズは、ジューシーでふわふわな「モッツァレッラ」や、おだやかな香りが後を引く熟成チーズ「トーマ・シラヌカ」など、ミルクそのものを感じる優しい味わいで愛されています。

かつて北海道庁の職員として、白糠町の酪農家の指導にあたった井ノ口さん。職人へ転身を決めたのは、酪農王国・北海道でさえ、日常的に乳製品を食べる習慣がないことへの違和感からでした。職を辞し向かった先はイタリア。南北に長い火山列島で野菜の消費量も多いなど、風土も食文化も共通点が多いイタリアのチーズなら、日本の食卓にも受け入れられるはず。

そんな確信を胸に現地で修業、帰国後の2001年、地元の酪農家を中心とした有志の出資により誕生したのが「白糠酪恵舎」です。生半可な想いでは実現できない設立経緯からも分かるように、井ノ口さんのチーズ作りを貫くのは強い信念。生乳ひとつとっても、振動で脂肪球という繊細な成分を壊さないよう細心の注意を払い、車で数分の距離の牧場の生乳だけを、高低差を利用し流し込んで搬入。菌の種類、各工程のタイミング、使う道具の素材やサイズ……重ねる工夫は枚挙にいとまがありません。

チーズを通じた自己実現や賞レースには、「一切興味がない」と井ノ口さん。その情熱の本質は、いたってシンプルで血が通ったもの。「仕事を通じ、どう世の中の役に立つか。食べる人のことを考え、安全で栄養があり美味しくて安い、そんな日常のチーズを作り続けていきたい」。人生をチーズに捧げた職人の本気が、じんわりと滋味深いチーズに溶け込みます。

(画像左上)生乳を酵素で固めて水分を抜いた後一気に練り上げる作業は、モッツァレラ作りでもっとも重要な工程。必ず井ノ口さんが担当する (画像右上)自家栽培する紅花からは、生乳を固めるための酵素を採取。現在、乳酸菌も酵素も国産の100%日本製チーズに挑戦中 (画像左下)イタリアでモッツァレラを食べ、「チーズはミルクからできていると初めて実感した」という井ノ口さん。今もその原点を大切にしている (画像右下)工房の代名詞の「モッツァレッラ」(右)548円/100g、「トーマ・シラヌカ」(左)626円/100g

白糠酪恵舎

TEL.01547-2-5818 
住所/北海道白糠郡白糠町茶路東1線116-11
SHOP/直売あり。その他、白糠町「道の駅 しらぬか恋問」、東京都・中央区「北海道フーディスト」などで販売

VOICE 70 北海道・中標津町「竹下牧場」竹下耕介さん(左)邦枝さん(右)

(画像左)「デイリーに食べられるチーズを媒介役に、牛と生きる農家の暮らしを知ってもらえたら」/「竹下牧場」竹下耕介さん(左)邦枝さん(右) (画像右上)リコッタやモッツァレラなどのフレッシュチーズは耕介さん、熟成タイプのマリボーは邦枝さんが担当 (画像右下)牛舎のすぐ脇に工房を併設

最新設備を備えた牛舎と放牧場で、約360頭の牛が暮らす「竹下牧場」。「でも先代の入植当時はたった2頭。その頃の牛1頭の重みを知りたくて、ある日ホルスタイン種ばかりの中、1頭だけブラウンスイスを飼い始めました」と語る代表の竹下耕介さん。

「その生乳がチーズ向きと聞き、作ってみたら難しくて。一生取り組める興味深い仕事だと思ったんです」。各地で研修を受け、チーズが縁で知り合った妻・邦枝さんと一昨年工房を設立。

伝えたいのは、長期に渡り生きものと向き合う農業の営みです。「スローな生き方だけど、普遍的なこと。食べた方に何か感じてもらえたら」。仲間と運営する街中のゲストハウスでは、モッツァレラのふるまいも。開拓者精神を秘めたミルキーなチーズが、農家と人々を繋げます。

(画像上)牛たちが快適そうに過ごす巨大牛舎 (画像下)「はじめましてモッツァレラ」690円/100g

竹下牧場

TEL.0153-73-7055
住所/北海道標津郡中標津町俣落63
SHOP/直売なし。中標津町「ushiyado」(共同経営のゲストハウス)、「Aコープ中標津店あるる」などで販売

VOICE 71 北海道・浜中町「おおともチーズ工房」大友孝一さん

(画像左)「生まれ育った牧場と山も海もある浜中町。それぞれの良さを、美味しさに託しました」/「おおともチーズ工房」大友孝一さん (画像右上)実家の牧場では土壌改良や牛の昼夜放牧に取り組み、高品質な生乳を生産 (画像右下)約10種のチーズを年18t製造。ヨーグルトやピザも人気

酪農一家に生まれた大友さんは、チーズを通じ広く酪農の魅力を伝えたいと、弱冠20歳で職人の道へ。国産ナチュラルチーズの先駆者、故・近藤恭敬さんの下で基礎を学んだ翌年独立。海外の美味しいチーズも気軽に買える今の時代だからこそ、「実家の生乳を使い基本を守って作る。それがうちらしさ」と、20年間こつこつ実直に工房を育ててきました。

物産展などの催事に飛び回り、お客さんと直接話す機会を大切にする大友さんのチーズには、日本全国にファンが。食べやすさで人気の「レクタン」は、恩師・近藤さんの代名詞だったセミハードチーズのレシピを継承します。

他にも、地元の漁協組合が作る昆布醤油に漬け込んだチーズなどを販売。愛する故郷・浜中の山海の恵みが、大友さんの活動の原動力です。

(画像左)「浜中の良さは環境」と語る大友さん (画像右)「レクタン」788円/100g

おおともチーズ工房

TEL.0153-65-2431
住所/北海道厚岸郡浜中町茶内西8線51
SHOP/直売あり。その他、浜中町「コープはまなか」、
札幌市JR札幌駅構内「どさんこプラザ」などで販売

VOICE 72 北海道・中標津町「ラ・レトリなかしべつ」近野了さん

(画像左)「月に1回だけ仕込む風味豊かなチーズ。酪農地帯自慢の生乳の味を一番に感じてほしいです」/「ラ・レトリなかしべつ」近野了さん (画像右上)プレーンとキャラウェイの2種を製造 (画像右下)ウォッシュしながら2カ月以上熟成。香りは比較的おだやか。使う生乳は近隣農家から直送される

以前は札幌でホテルマンをしていた近野さん。地元の中標津に戻ったきっかけは、地域の名産品の「のむヨーグルト」でした。

生乳の質が伝わる美味しさに感動し製造元へ転職、ヨーグルトやアイスクリームを作るかたわら、「より深く牛乳と関われる加工品を」と、独学でチーズ製造に挑戦。幾度かの失敗を経て完成させたのが、コクのあるゴーダを作る過程でウォッシュし、もっちりした食感を引き出した「ブリック・ド・ナカシベツ」です。

「ブロック状で独特の風味が特徴。他にないものを作りたくて。少量生産の分、やりたいことをしています」と話す近野さんの笑顔からは、チーズ作りを心から楽しんでいるのが伝わるよう。遠方からのお客さんや料理人の愛用者も多い、知る人ぞ知る中標津の銘品です。

(画像左)工房の看板商品「のむヨーグルト」工房の真正面には雄大な富士山。周囲には牧場が点在する (画像右)「ブリック・ド・ナカシベツ」780円/100g

ラ・レトリなかしべつ

TEL.0153-72-0777
住所/北海道標津郡中標津町北中9-17
SHOP/直売あり。その他、札幌市「丸井今井札幌本店 きたキッチン」で販売

【東京でも4人のチーズが買えます!】SHOP|清澄白河「チーズのこえ」

今回紹介した4つの工房のチーズを東京で購入するなら、日本で唯一の国産ナチュラルチーズ専門店「チーズのこえ」へ。チーズコンシェルジュが選んだ約40工房、年間300種類以上のチーズを取り揃えています。

TEL.03-5875-8023
住所/東京都江東区平野1-7-7 第一近藤ビル1F
営業時間/11:00~19:00
定休日/不定休

名店のシェフが教える日本チーズを使った絶品レシピ

今回紹介したチーズ工房「白糠酪恵舎」のチーズを使ったレシピを、神保町の「ビストロ フェーヴ」の馬場将吾シェフに教えていただきました。

メトロミニッツ「New“フルサト”ツーリズム」特集

メトロミニッツ2020年11月号「トーキョーレトロミニッツ」特集

レトロミニッツ。確かにそう言ってみたかったということもありますが昨年、令和を迎え今年はコロナ禍を迎えて「レトロ」に新たな時代が訪れたのではないかと思うのです。レトロと言えば「懐古的」という意味を連想しますが、最近「平成レトロ」という言葉が生まれ、平成が「懐かしい」の対象に加わりました。一方、純喫茶、銭湯、横丁など、近年「昭和レトロ」が人気ですが、大人になってから触れる機会が増えた文化のせいか、そんなに懐かしいとは感じないような…? レトロとは一体? かくして本特集でメトロミニッツが勝手に解釈した「レトロ」とは「古い風情が心地良い」や「失いたくない・残したい」という思いのこと。そんなレトロな感覚はコロナ禍で「サステナブル」というキーワードが再注目されている今の時代の空気に合うような気がしますし、落ち着かない毎日でもレトロな時間を取り入れたら、穏やかな日常を過ごすためのヒントが見つかりそうです

後援:独立行政法人 農畜産業振興機構「国産チーズ競争力強化支援対策事業」

Photo 松園多聞 Text 唐澤理恵
※メトロミニッツ2020年11月号「トーキョーレトロミニッツ」特集の記事転載
※本ページで記載の価格は全て「チーズのこえ」の販売価格となります
※掲載店舗や商品などの情報は、取材時と変更になっている場合もございますので、ご了承ください

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