日本のシードルを飲める店

東京・神奈川で食べる、世界の「薬味」

更新日:2021/08/24

薬味(やくみ)という概念が世界共通か否かはさておき、「この料理にはこれを添えて食べたい」という組み合わせの妙は、異国の食文化にもあるようです。東京近郊で、そうした自国の味を再現し、食べて、暮らす人々を訪ねました。案内人は、各国の移民街を食べ歩く映像ディレクターの比呂啓さんです。

01《さがみ野・ラオス料理》
ビストロ ケオピラ

ラオス、エスニック、パクチー、ラープ、カオソーイ、シーンヘーン、ケオピラ
左/左から、トマト系の汁に幅広麺の入った「カオソーイ」(M700円)。肉のうまみが濃いアヒルの「ラープ」(700円、もち米300円と)は香草の香りが弾ける。豚肉の干し肉「シーンヘーン」(M700円)は「チェオ」を添えて 右上/ラオス料理に添える「薬味」たち 右下/ブァシーさん(左)と息子のプータソンさん

ハーブや生唐辛子を足して
テーブルで完成する家庭料理

首都圏でも珍しいラオス料理専門店を切り盛りするのは、1991年に来日したケオピラ・ブァシーさん。神奈川県には古くからインドシナ難民のコミュニティがあり、ブァシーさんも母国の政情不安から逃れてきました。以来働きに働いて2019年に念願だったお店を開店。提供するのは故郷である、北部の古都ルアンパバーンの家庭の味です。南部に比べてあっさりしているという味付けで、麺類には山盛りの自家製ハーブを添えます。「日によって体調も食べたい味も違うのだから、卓上のハーブや調味料で調節して完成させるのがラオス流」とブァシーさん。

【ラオスの「薬味」】
麺に添えるのは主にミントとホーリーバジルといったハーブ類に、ライム。国民食「ラープ」は赤と青の生唐辛子で辛さを調節する。「チェオ」は焼き野菜と唐辛子のディップで、いわば非常に辛い辛味噌

【RESTAURANT DATA]
ビストロ ケオピラ
TEL.046-259-9021
神奈川県海老名市東柏ケ谷2-30-10-1F
営業時間/11:00~ 23:00
不定休

02《高円寺・ペルシア料理》
ボルボル

ケバブ、ヨーグルト、イラン、ペルシア、スマック、ボルボル
左/手前はビーフとラムのひき肉串焼き「ケバブ・クビデ」(スープ・ライス付き、1400円)、奥右の「スーペ・ジョウ」は大麦とチキンのスープ。左のヨーグルト「マスト」(400円)は単独で食べても、ケバブやライスと混ぜても 右上/中東一帯でポピュラーな香辛料「スマック」 右下/ボルボルさん

赤紫色の酸っぱい粉をかけて
おいしく、さらに健やかに

連続テレビ小説『おしん』をきっかけに日本文化に興味を持ち、来日したイラン出身のホセイン・ボルボルさん。自国の料理と文化を伝えたいという思いから2004 年にレストランを開きました。ケバブやヨーグルト、あるいは大麦の素朴なスープにかけていただくのは赤紫色の香辛料、スマック。「ただ満腹になるだけでなく、体にとってどうよいか」という考え方を大切にするイランの食卓では、消化を助けてくれるとされるスマックは欠かせない存在なのだそうです。もちろん独特の酸味で料理がさらにおいしくなるから、という理由もあります。

【イランの「薬味」】
赤紫色の香辛料「スマック」はウルシ科の果実を乾燥させ、粉状にしたもので、赤ジソふりかけに似た酸味とうまみがある。中東一帯で愛用されている。ケバブやヨーグルトにかけるほか、ディップに混ぜたり、お茶にして飲んだりも

【RESTAURANT DATA]
ボルボル
TEL.03-3223-3277 
東京都杉並区高円寺北3-2-15-2F
営業時間/11:00~ 20:00 ※ランチ11:30 ~15:00  
無休

03《六本木・ガーナ&アフリカ各国料理》
アフリカンホームタッチ

ガーナ、アフリカン料理、アロコ、ティラピア、ワーチェ、アフリカンホームタッチ
左/「ワーチェ」(右1500円)は、ガーナで人気の豆ごはん。揚げた魚に、サラダ、ゆで卵、トマトシチュー、キャッサバ粉(ガリ)、「シト」が付く。「アロコとグリルドティラピア」(3000円)も「シト」を添えて。アロコは調理用バナナのフライ 右上/ガーナのソース「シト」 右下/グラティスさん

日本で手に入る食材で作る
アフリカのふるさとの味

東京で暮らす西アフリカ出身の人々がこぞって通うのがここ、グラティスさんのお店。15 年前に日本で働く夫を追ってガーナから来日、7年前にこちらのお店を開きました。本格的なガーナ料理だけでなく、ナイジェリア出身のシェフに教わったナイジェリア料理も提供。さらにモロッコやセネガル、ルワンダの料理も用意し、店名の通り、アフリカ諸国の人々が故郷を感じられる場所を目指しています。彼女がガーナの豆ごはんや一部の魚料理に添える唐辛子のペースト「シト」は、日本で手に入る材料で、母親から教わったレシピで手作りしています。

【ガーナの「薬味」】
ガーナ固有のスパイシーソース「シト」の原材料は、干し海老と魚の乾物、唐辛子、玉ねぎ、トマト、ニンニク、植物油、塩。とても辛いが、どこか日本的な味だ。グラティスさんは鰹節や煮干しで工夫して作っている

【RESTAURANT DATA]
アフリカンホームタッチ
TEL.03-6447-0116 
東京都港区六本木3-15-22 陽光セントラル六本木ビル 3F  
営業時間/月~木11:00~23:00、金12:00~翌5:00、土17:00~翌5:00 ※コロナのため全日11:30?19:45の短縮営業中 
日定休

04《神田・パレスチナ料理》
アルミーナ

パレスチナ料理、イスラエル料理、ザータル、ザアタル、マンウーシ、フムス、ホンムス
左/フェタチーズとスイカ(奥右1200円)、ピッツァの「マンウーシ」(手前右740円)。ピタパンの「コベズ」(奥左330円)は、ホンモスやヨーグルトの「ラバネ」(ともに前菜4種盛り1470円)につけて。どれも「ザータル」たっぷり 右上/パレスチナ一帯で食べられているミックス・ハーブ「ザータル」 右下/バシイさん

パレスチナの豊かな食卓を
彩るミックス・ハーブ

シャディ・バシイさんはイスラエル国籍のパレスチナ人でムスリムです。2002 年、ワールドカップの観戦で初来日した際に、満足のいくハラル料理がなかったことから日本での開業を決意。修業を経て2010年に「アルミーナ」を開きます。そのバシイさんが幼い頃から朝昼晩と、祖母の「頭がよくなるよ」という言葉とともに食べてきたザータル。夏にはチーズやスイカにかけて、軽いディナーとしていただくこともあるそうです。紛争や難民のイメージが先行する故郷に、洗練された豊かな食文化があることをもっと知ってほしいとバシイさんは願っています。

【パレスチナの「薬味」】
ミックス・スパイス「ザータル」は、ワイルド・タイムとごま、前ページで紹介したスマックが原材料。香ばしくて少し酸味あり。ところてんの青のりの加薬を彷彿とさせるが、ずっと上品。ピタパン、オリーブオイルと一緒に無限に食が進む

【RESTAURANT DATA]
アルミーナ
TEL.03-3526-2489 
東京都千代田区神田多町2-2-3 元気ビルB1F  
営業時間/月~木11:30~15:00(14:30LO) 17:30~22:00 (21:30LO)
金・土・日・祝17:30~22:00(21:30LO)   
不定休

05《鶴見・ブラジル料理》
ユリ・ショップ

ブラジル料理、フェジョアーダ、フェイジョアーダ、ファジョアーダ
左/ブラジルの国民食「フェジョアーダ」は豚のさまざまな部位の肉と臓物、牛肉、ソーセージが入った豆の煮込み。白ごはんにかけて、野菜のビネガーソースとキャッサバ粉(写真手前)、またはファロッファを混ぜて食べる(1600円) 右上/香辛料などで味付けしたキャッサバ粉の「ファロッファ」 右下/百合さん(右)と夫の正明さん

ブラジルの国民食に
欠かせない白い「ふりかけ」

横浜の「リトル沖縄」こと鶴見区は、戦前戦後と職を求めて沖縄から数万人が移住した土地。1990年以降になると、かつて沖縄から南米へ渡った移民と子孫たちが同郷のつてを頼って移り住むようになり、それで南米料理の店や食材店も多いのです。輸入食品や雑貨を扱う日用品店と食堂からなる「ユリ・ショップ」のオーナー、小橋川百合(こはしかわゆり)さんも沖縄にルーツを持つ日系ブラジル2世。89年に家族と来日しました。ポルトガル語が飛び交う食堂でいちばん人気の豆の煮込みには、ブラジルの人々が愛してやまない、白い〝ふりかけ〟の小皿が付いてきます。

【ブラジルの「薬味」】
肉や煮込み料理にかける「ファロッファ」は、乾燥させたキャッサバ粉「ファリンニャ デ マンジョッカ」を香辛料などで味付けしたもの。どちらも味以上に、ショリショリとした食感が楽しい

【RESTAURANT DATA]
ユリ・ショップ
TEL.045-504-7035 
神奈川県横浜市鶴見区仲通2-60-15
営業時間/月11:00~22:00 火~日10:00~22:00 *食堂は21:30LO
無休

《比呂啓さんの食の多文化エッセイ》

比呂啓、エスニックネイバーフッズ、Ethnic Neighborhoods,ヒロケイ、Hiro Kay

胃袋から始まる、〝隣人〟への共感

ニューヨーク大学在学中に本格的なベトナムのフォーのおいしさと出会ってから、世界中の料理を食べるようになった。ニューヨークで10年、東京に戻って20年、ほぼ世界中の料理を食べ続けているものの、未だに食べたことのない料理に遭遇する。だから東京とその周辺で、見知らぬ国の料理を求める旅に出ると、未だに心のワクワクがとまらない。

最近ハマっているスリランカ料理も、イスラム教徒が作る料理と仏教徒が作る料理とでは、味付けが違う傾向にあることを体験。ナイジェリア料理では、うまみを出すために発酵食品や干し魚などでだしも取る方法に驚き、日本と似たうまみを楽しむ文化の類似性に喜びを感じた。また、自分の食生活を振り返ると、ロシア料理の影響でディルを、パレスチナ料理の影響でザータルなどを、パスタやスープなどに薬味として使うようになった。こうした料理によって、移民の方々への共感が生まれ、それぞれの国の文化が自分の中にどんどん浸透していっている。

そんな体験をSNSやユーチューブにアップしているのだが、興味を持ってくれる人たちが最近増えてきた気がする。移民の人たちが自国の本格的な料理をこの街で作っているのだから、海外旅行気分で東京にいながら新しい世界を発見していってほしい。それが、本当の共生や多様性に繋がっていくと信じているから。

案内人 比呂 啓さん

ひろけい 映像ディレクター。テレビ番組制作に携わるかたわら、世界の移民街をめぐるYouTubeチャンネル「Ethnic Neighborhoods」で、食を通じて暮らしの文化を発信している

PHOTO/MASAHIRO SHIMAZAKI GUIDE/KEI HIRO
※メトロミニッツ2021年9月号特集「薬味の街」より転載
※新型コロナウイルス感染拡大防止のため営業時間・定休日は変更になる場合があります。事前に各店へご確認ください

※記事は2021年8月24日(火)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります