
お酒を飲む、飲まない、飲めるけど飲まない。体質や気分、機会に合わせて選択することが「ふつう」になった今。「酔う」とはどういうことか、改めて考えるために長野県松本市へ。「草根木皮飲料」と呼ばれるその飲み物は、ノンアルコールなのに飲むほどにふわりと心地よく、それでいて気持ちが冴えわたるかのよう。作り手の青年に会いに行きました。

スパイスの鮮烈な香り!
心ほぐれる爽やかな飲み心地
人はいったいなにに酔うのでしょう? 「草譯〈くさわけ〉」という名の飲料をいただくと、スパイス、ハーブ、果実の香りが、時間差で口中に満ちていきました。「香りを、飲む」がコンセプトのこの飲料にはアルコールは入っていません。にもかかわらず、次々とやってくる香りに身をゆだねていると、重層的なハーモニーに抱かれるかのような心地よさ。
「香りがあれば、アルコール飲料であるかないかは、そこまで関係ないのではないでしょうか」と言うのは『くさわけ』代表の野村仁嗣〈のむらひとし〉さん。
「ジュースはどこまでいっても味の話。ところがお酒になると、香りについて語りだす。これはベリーのような香りだね、チョコレートみたい、春のような香りがするねという具合に。であるならば、アルコールがなくても香りさえあれば、ジンやワインのように深く満足できる飲料になるのではないかと考えたんです」

でも「ノンアルコール飲料」と呼んで、わざわざアルコールと対比させるのはなにかが違う。そう考えた野村さんは『くさわけ』で造る飲み物を「草根木皮〈そうこんもくひ〉飲料」と呼ぶことにしました。「草根木皮」は読んで字のごとく植物の草の根と木の皮のこと。
「草根木皮って、ジュニパーベリーとともにさまざまな植物を用いて香りをつけるクラフトジンの世界では、耳なじみのある用語なんです」と言う野村さんは、2021年に『くさわけ』を立ち上げる前、オーセンティックバーの聖地、長野県松本市でジン専門のバーを営んでいました。
ジンの魅力は自由であること。ジュニパーベリーが少しでも入っていれば、あとはなにを入れてもいい。新しい魅力を打ち出しているクラフトジンが多く登場するなか、「味の組み立て方が重層的で抜群においしい」と感じたベルギーのジンを参考にして、オリジナルドリンクができないかを考えました。
折しも、コロナ禍でアルコールが規制された上、仕事の関係で飲む機会が増えて体がつらくなり、アルコールに疲れていたタイミング。当時はバーをやっていたので、「ジンのような香りをつけた、ノンアルコールのドリンクを提供したい」と思い至ったのは自然の流れだったと言います。

アップデートを重ねて造られた「草譯」で使われているのは、カルダモン、バニラ、ジンジャー、レモン、コリアンダーシード。
「最初にカルダモンの爽やかでスパイシーな香りがパンっとやってきて、その反対側でバニラの甘やかさが奥行きを出す。生姜はボディ。レモン果汁の酸味で全体のバランスを整え、それぞれの間をコリアンダーシードが埋めることで、全体として丸い形になるよう設計しました」
ジンは造り手の考えがまっすぐに表れる飲み物だと野村さんは考えます。ワインやウイスキーのように、天候にも熟成にも左右されないため、「たまたまこうなった」がない世界。造り手がめざす味になるよう原料を選び、手をかけて造っていきます。「草譯」の制作過程を聞くと、野村さんの考えや生き様がしっかり投影されているのだなと感じます。

試行錯誤しながら「草譯」を造ったときにいちばん苦労したのは、カルダモンの香りがなかなか定着しなかったこと。そこで考えたのは外皮を剥〈む〉いて、中身の小さな種子だけを煮出すという方法。さらにほかの原料と一緒に煮出したあと、再び倍の量を入れることで香りを定着させます。瓶詰め前には、水蒸気蒸留で抽出したカルダモンの蒸留水も加えることにしました。
「中身を出して煮出すことで繊細できれいな香りに、蒸留水を入れることでより華やかで勢いのある香りになりました」
けれどもカルダモンの外皮はめちゃくちゃ硬い。ナイフでも刃が通らないので、二重にした袋に入れ、砧〈きぬた〉という本来、布打ちに使う木製の棍棒で3時間くらい、ひたすら叩き続けるという工程を踏んでいます。
「ものすごくたいへんな作業です。でも、機械化して効率的に造るより、時間をかけてやることにロマンがあるのではないかと思っているんです」。野村さんは少し照れながら話します。

そんな「草譯」の次に考えた「陽〈ひなた〉」はみんなが知っている素材でおいしいものを造りたいという思いで、原料はシナモンにしました。
「最初に、カシアという肉厚のシナモンのパワフルな味がきて、次にスリランカ産シナモンの甘さ、最後にシナモンリーフのやさしい甘さがやってくるというように、同じクスノキ科の植物の味わいが、一筋の流れとなるようにつないでいきました」
季節限定の「ベルガモット」は、野村さんの出身地である和歌山県産の柑橘、ベルガモットを使用。「精油や香水ではよく使われるけど、果実は苦くて食べられないから、一般に普及しない。そして価格が非常に高い。でも造ってみたら、ものすごく深い香りになったんです」

こちらの組み立ては、「草譯」のカルダモンをベルガモットに入れ替えたものであるため、しっかりとしたボディ、奥行き感とともに、長く続く余韻も感じられるとのこと。ひと口いただくと、トロリとしたテクスチャーとともにやってくる香りは濃厚で妖艶。香りが口の中から体中へと一瞬で広がりクラクラ、ほーっと夢見心地になりました。人はやはりアルコールがなくても酔うことができることを、香りのハーモニーに抱かれながら確信したのです。
なにも考えずに飲んでも普通においしい。でも、この香りの先にはなにがあるのだろう。感覚を研ぎ澄ましていただくと、また違う味わい方ができることを教えてもらったのでした。
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草根木皮飲料 くさわけ
「香りを、飲む」をコンセプトに、ほかにないボタニカルシロップを造る。屋号は、原材料がもつ力を引き出すことを旨とすることから「草根木皮 それぞれの譯(訳)をくみとりととのえる」の意
TEL.0263-74-4362
住所/長野県松本市里山辺湯ノ原269-3
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PHOTO/FUMINARI YOSHITSUGU TEXT/KAYA OKADA