サラリーマン、博報堂ケトル、会社、嶋浩一郎

社員の「笑顔」のために、 会社ができることってなんだろう?

更新日:2025/03/01

社員が笑顔で働けるのはどんな会社だろう? その答えのひとつは“おもしろい会社”ではないかと思いました。訪ねたのは、博報堂ケトルの嶋さん。おもしろい会社の代表に、社員を笑顔にする秘訣を聞きます。

嶋 浩一郎さんに聞きました!
社員のみんなが「笑顔」なのはどうして??

サラリーマン、博報堂ケトル、会社、嶋浩一郎
株式会社博報堂ケトル/広告代理店「博報堂」からスピンオフして作られたクリエイティブカンパニー。「手口ニュートラル」をコンセプトに、企業や社会の課題解決手段をゼロベースで考え、提案する

ファウンダー 嶋 浩一郎さん/クリエイティブディレクター。1993年に「博報堂」へ入社し、企業のPR活動に携わる。2004年に「本屋大賞」の立ち上げに参加、現在は実行委員会理事。2006年に「博報堂ケトル」を設立

「サラリーマンって最高です。昔、プロサラリーマンのためのメディアを作っていたことがあるんですよ。会社の飲み会で場を盛り上げる乾杯のやり方とか、出張を楽しむためのハック術とか。毎回、嬉々として記事を書いてましたね」

のっけからそんなエピソードで始まった嶋さんのインタビュー。こたつのある打ち合わせスペースに、やかん(ケトル)でできたシャンデリア、民放5局がつけっぱなしにされた5台のテレビ。おもしろい予感しかしない空間は、クリエイティブカンパニー、博報堂ケトル(以下、ケトル)のオフィス。ここではどんな社員が働いているのでしょうか?

「『粒ぞろいより粒ちがい』が博報堂の社風で、わが社はそれを受け継いでいます。みんな変人、それでいて個性のかたまりです。変人がいないと、クリエイティブは生まれないんですよね。それに個性があっちこっち向いていなければ、アイデアも生まれない。そのことは、ケトルがスピンオフする以前、博報堂で働きながら実感してきました。あの会社にはいろんな変人がいます。消費税導入のときには、硬貨の価値が上がったんじゃないかと、1円玉と5円玉を道に置いて人の反応を見る社員がいましたし、食文化の動向を調査するために、冷蔵庫の中の写真を1年間撮り続ける社員もいました。皆が大真面目に変なことをしながら働いている。それが博報堂でした」

サラリーマン、博報堂ケトル、会社、嶋浩一郎
2023年、博報堂のあるビルから移転してオープンした新オフィスは、高級料亭を改装して作られた。のれんが揺れる外観は、料亭ならではの趣がある

そんな博報堂の要素をより濃く抽出して作られたのが、ケトル。「手口ニュートラル」というコンセプトで、広告、出版、ラジオ、映像……と課題解決の方法を既存のやり方にとらわれずゼロベースで考え、創造する。ユニークな発想で今までに数々のクリエイティブを世の中に送り出してきました。

「社員の採用で見ているのは『欲望』があるかどうかです。なにかおもしろいことをしてやろうという貪欲さがあれば、スキルは二の次、なくてもなんとかなります。それから1人でやるだけじゃなく、チームだからできるおもしろいことがあると理解していることも大事。社員は友達ではないけれど、できれば良好な関係で協力できるといいと思うんです。だって人生のある時期に、同じ会社に入って、同じ仕事をやっている仲間なわけだから。

集団の中で働いていると、必ず自分よりすごい人がいます。そのときに『あいつおもしろいな、すごいな』っていう気持ちと『悔しいから、自分はもっとおもしろいことをやってやろう』という気持ちの両方を持てるといい。リスペクトと嫉妬、それがいい具合に混じり合いながらできている組織が理想です。私は、世界一のチェスプレイヤーがAIに初めて負けたときのエピソードが好きなんです。彼はどうしたと思いますか? AIとひとつのチームを組んで、リーグ戦を始めたんですよ。自分とAIが協力したらもっとすごいプレーができるって、負けたときに思ったんでしょうね。自分の会社も、社員がそういう思考になれる会社であれたらいいなと思います」

サラリーマン、博報堂ケトル、会社、嶋浩一郎
「節水しよう、ビールを飲もう」のサインとともに、オフィスの真ん中に置かれたビールサーバー。もちろん、冷えたグラスも常時用意してある

1人よりみんなで、よりおもしろいものが作れるのが会社の醍醐味。だからケトルでは月に一度「やかんみがきの会」と称して総勢50名の社員が集い、このひと月でいちばんおもしろかったことをシェアし合う機会を作っています。

もうひとつ、会社の恒例行事と言えば年に一度の社員合宿。行き先も目的も告げずに社員をどこかへ連れて行き、あるときは美大の講師にデッサンを、あるときは台湾の職人に小籠包作りを習う。和装の着付けや陶芸、無人島サバイバル生活。奇想天外な体験が待つ合宿を、創立以来20年近く続けてきました。

「仕事の経験を積めば積むほど、人は成功パターンを見つけて楽をしようとするじゃないですか。だから社員の誰も経験したことがないだろうことを毎年用意するんです。知らないことにぶち当たり、どうやったらうまくやれるかを考える。ゼロベースの感覚を思い出すことが目的です。どんなに有名な賞を獲ったデザイナーだって、初めての小籠包作りでは、そんなんじゃだめだ!と怒られます。自分のやってきたことなんて大したことないって、それこそサラリーマン1年目のような気持ちにリセットされる機会も必要です。それに小籠包作りだって、いつかはなにかの役に立つかもしれません。新しいアイデアってど真ん中じゃなく、意外と無駄なことやエラーの中から生まれるもの。効率重視よりもあえて無駄を選ぶ、それがクリエイティブのヒントにつながります」 

サラリーマン、博報堂ケトル、会社、嶋浩一郎
「写真ならここで撮ったほうがおもしろいですよ」嶋さんもまた、おもしろさに貪欲です

ケトルという会社のおもしろさは、そこにおもしろい仕事があるからできているのではなくて、どんな仕事もおもしろがれる社風があるからできているのかもしれない。お話を聞いていたらそんな気がしてきました。

「要するに“見立て”次第です。サラリーマンだって、アベンジャーズみたいな戦うヒーローだととらえたら、なんだかおもしろく思えるじゃないですか? 市場調査をするにしても、ただ調査票を配るだけじゃつまらない。道に硬貨を置いてみたほうがおもしろいと思う社員がいたっていいんです。結果に対する山の登り方は人それぞれで、それをリスペクトする社風があるから、私は博報堂が好きだし、自分の会社もそうでありたいと思っています。それに、そういうことを本気でやっている社員がいると、なにやってんだあいつって、周りもついニヤニヤしちゃう。会社ってそうやっておもしろくなっていくんだと思います」

PHOTO/NAOKI SHIMODA WRITING/KAORUKO SEYA
※メトロミニッツ2025年3月1日号より転載 

※記事は2025年3月1日(土)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります