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まだ知らない野菜が由布院にある

更新日:2025/09/20

大分県・由布岳の麓、標高約500mの地に広がるENOWA YUFUINの自社農園。無農薬、有機肥料で、レストランのための野菜を育て、シェフのタシ・ジャムツォさんは、毎日、畑を訪れて自らの手で収穫する。

上/ENOWA FARMでは、一流の料理人に愛される京都・石割農園の石割照久さんの指導のもと、野菜作りをしてる。宿泊客は見学も可能 下/故郷のチベットでは母の畑の手伝いをしていたというシェフのタシさん。畑で野菜を見て、その日のメニューを決めていく

レストランのためだけの畑で
年間約250品種を育てる

緑深い山々に囲まれた、いで湯の街、由布院。オーベルジュ「ENOWA YUFUIN」は、「FARM TO TABLE」の考えをさらに深化させた「FARM DRIVEN (ファームドリブン)」の思想を体現しています。土を作って食材を育て、ここでしかできない食体験に昇華するのです。

ディナーの準備をするシェフのタシ・ジャムツォさんの姿は、太陽が照りつけるENOWA FARMにありました。畑には色とりどりの野菜や果物、ハーブなどが植えられています。タシさんはひとつずつ触り、香りを嗅ぎ、ときにひょいと口に入れて確認し、収穫していきます。「パイナップル」という名前のトマトや、UFOのような形のズッキーニ。真っ黄色の唐辛子に、スーパーでは見かけないツルムラサキの若芽や花。畑は、見たことのない野菜やハーブの宝庫です。みるみる間に、かごは珍しい作物でいっぱいに。なにせ、トマトだけで20種類、ズッキーニは6種類と、年間約250品種もの多品種の作物が育てられているのですから。

畑の野菜はすべて、ENOWAのレストランで提供する料理のためだけのもの。地元の農家が育てていない入手困難な西洋野菜を、自分たちが理想とする栽培方法で育てます。必然的に、畑には種から栽培した珍しい野菜が増えていきました。

上/「パイナップル」アメリカの在来種のトマト。平たい形で黄金色に赤い縞模様が入り、中身もその2色が入り混じる。大きいものは1個で900gにもなる。「酸味とフルーティな甘味のバランスが絶妙です」とタシさん 下/「グリーンパンツ」緑色のパンツを履いているような、ツートンカラーのズッキーニ。国内では、種子メーカーが付けたこの名前で知られる。通常の緑のズッキーニより、甘味が強いのが特徴。生でも加熱しても食べられる

「料理に使いたい野菜を、年間計画して育てます。有機栽培をする理由は、故郷のチベットでも、働いていたニューヨークのレストランでも同様に育てていたから。あと、採ってそのまま味見したいから(笑)」

そう言って、「はい」と差し出してくれた超ちびっこのマイクロキュウリをかみしめてみると、わずか1cm大だというのに、みずみずしさと酸味が口の中に鮮烈にはじけました。

「由布院で育てる野菜は、僕が見てきたどの土地より、みずみずしさが格別」と魅力を語ります。さらに、寒暖差の大きな気候は甘味を生み、有機栽培により濃厚な味がはぐくまれる。自分たちで育てるメリットは、良質な素材を入手するためだけでなく、「使いたいタイミングで収穫できる」という点にも。市場に出回るよりずっと早く収穫ができ、お皿にすっぽり収まるサイズのものや、若くやわらかい状態で使えるのです。

一方で、未知の野菜を育てることは、トライアンドエラーの連続。「台風の後は、メニューを全部変えなければいけません」と語るように、天候にも左右されます。それでも、タシさんの野菜づくりへの意欲は旺盛で、新たに標高が100mほど高い山間に畑を作り、作付面積は12反(1万1900㎡)にもなりました。「標高が上がれば、野菜の味も、育てられる品種も変わってきます。新しい挑戦を続けていきたいですね」

静かに情熱を燃やすタシさん。畑も料理も、今なお進化中なのです。

「Cucumber バジル」冷製スープの上に散らしたマイクロキュウリのほかに、2種類のキュウリで作ったピューレを合わせ、仕上げに自家製のバジルオイルを回しかける。清涼感のある澄んだ味わいに心身が浄化されるよう

畑で出会った野菜たちが
めくるめく独創的料理に変身

お待ちかねのディナーは、小さな驚きの連続です。まずは、ハーブの温室を併設したFARM BAR でアペリティフを愉しみ、しっとり落ち着いたレストラン「JIMGU」へと移動。

1皿目の冷たいスープには、畑で味わったあの超ちびっこキュウリやヒマワリの花びらが散りばめられています。たくましく育つ作物の風景を思い浮かべながら口に含むと……圧倒的な清涼感! キュウリのみずみずしさやバジルオイルの爽やかさ、ビネガーの酸味が一体になって、体に涼をもたらします。

シグネチャー料理の“Bouquet” は、畑の恵みを表現する1皿。最初に、収穫したばかりの野菜を盛り込んだバスケットがテーブルに運び込まれ、続いて料理の登場。今日、このときの畑を物語る野菜の炭火焼き。そして、4種類のソースにも畑の実りを凝縮し、彩り豊かにENOWAの物語を描きます。

コースは、大分が誇る魚介や肉を織り交ぜた料理が供され、3時間ほどかけてゆったりと進んでいきます。野菜が生む甘味や酸味は唾液を湧かせ、ときに土っぽさやほのかな渋味、ハーブの芳香がアクセントになり、飽きることがありません。おとぎ話に誘い込むような、美しくも愉しい料理が続くのです。

「Bouquet 林檎 ターメリック 大葉」タシさんのシグネチャー料理。炭火で焼きあげたENOWA FARM の旬の野菜が、皿を彩る。この日のソースはアップル バター、ターメリックとヨーグルト、チャイブとヨーグルト、大葉の4種類

「野菜の個性を表現した料理で
心身をリセットしてほしい」

タシさんが、野菜が主役の独創的な料理を繰り出すのは、畑が身近だったチベットでの暮らしや、ニューヨークの「ブルー・ヒル・アット・ストーン・バーンズ」で培った経験に由来します。「ブルーヒル」はいち早く「FARM TO TABLE」を先導し、体現したダン・バーバーさんによる農園併設のレストラン。敷地内で収穫した野菜のコース料理を提供し、タシさんは副調理長を務めていました。その後、ENOWA の思想に共感して来日を果たします。

「かねてから、日本に憧れを持っていました。やまなみハイウェイを抜けて由布院にたどり着くと、急に視界が開けて、街並みが広がっていた。なんて素敵な所なんだろうと、来た瞬間に大好きになりました」

タシさんがめざすのは、野菜それぞれの食感や本来の味をきれいに表現すること。「そのためには複雑にしすぎず、要所に酸味をうまく効かせることが大切」と語ります。

野菜の甘味やうま味を引き上げる酸味は、レモンやかぼすなどの果汁やビネガー、ピクルスなどを活用。常時、8種類以上揃う自家製ハーブオイルを合わせ、香りとコクで下支えをします。宿泊客たちからは「野菜ってこんなにおいしいんですね!」なんて感激の声がこぼれます。

上/レストラン「JIMGU」はソファシートでプライベート感もある。個室も用意 下/約1万3400坪の高低差のある敷地に配した客室は、ヴィラ10棟とホテル棟9室で構成。写真は、由布院の街並みを一望するプレミアムスイートのヴィラ

絶景、温泉、麗しい朝食。
疲れたときにこそ訪れたくなる

食体験は、ディナーだけにとどまりません。朝食もまた素晴らしいのです。サラダには早朝に採ったばかりの野菜を中心に10種類以上盛り込まれ、新鮮このうえないフルーツの盛り合わせも登場。地域共生のもと、平飼いで飼育する鶏卵の目玉焼きや、自家製ソースをたっぷりかけた焼きたてのクレープと、由布院のおいしさを余すことなく味わえます。雄大な自然に溶け込むような客室の快適さは言わずもがな。しかも、全室、掛け流しの露天風呂付きという贅沢。星空を眺め、湯に身を預ける幸せと言ったらありません。

「ENOWA のコンセプトのひとつがボタニカルリトリート。自然に身を置いて、おいしい野菜を食べてデトックスしたり、心身のリセットをしてほしい」とタシさんは語ります。もし、日常生活のリセットボタンを押したくなったなら、驚きと発見、癒しをもたらす野菜が待つENOWAを訪れる旅に出てみてください。

ENOWA YUFUIN

エノワ ユフイン 
Tel.0977-28-8310
住所/大分県由布市湯布院町川上丸尾544  
※1泊2食付き14万5,200円~(2名1室) 
※レストラン「JIMGU」のみの利用も可能(OMAKASEサイトより予約)

PHOTO/YUICHIRO HIRAKAWA WRITING/YUMIKO NUMA
※メトロミニッツ2025年10月号より転載 

※記事は2025年9月20日(土)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります