メトロミニッツ

VOL.64_YOU&ME編~編集長コラム【連載】

更新日:2026/06/20

わたしたち
わたしとあなた
そんな雑誌であるために

メトロミニッツ

これが正解かどうか
よくわからないのですが

誰かのことを好きになるときわたしたちは、あの人の声が好き、あの人の顔が好き、という具合に「あの人」というはっきりとした対象があるものです。逆に言えば背の高い人が好き、顔がいい人が好き、という漠然とした好きとは違い、あの人という具体的な顔が思い浮かぶことで、わたしたちはその人を深く知り、興味を持ち、やがて好意を抱き、そして知るほど、焦がれたりもする。情報が増えていき、そこに多くの共感が生まれればこそ、わたしたちはその対象を「好き」になっていくものです。

では、メディアはどうでしょうか? 僕たち編集部は「東京をキゲンよく、毎日をキブンよく」という新しい約束のもとで、それぞれが頭を使って企画を考え、足を使って街を歩き、読んでくれるみなさんの役に立ちたくて、みんなでモノづくりに励んでいます。それぞれ個性豊かで、真面目で、自慢の仲間たちです。でもみなさんにとっては、最初に書いたように編集部の中に「あの人」という具体的な存在は見えていないのではないかと思います。いわば雑誌というのは発信側と受け手側が、背が高いとか顔がいいとかよりも少ない情報でコミュニケーションを取っているというのが現実です。

メトロミニッツ

ここから先に書くことは、考えても正解がわからないし、もしかしたらずいぶん見当はずれなことかもしれません。でも僕はいま編集部の仲間たちに「もっと自己開示をしよう」と声がけしながらメトロミニッツを作っています。つまり「わたしはこういう人間で、こういうものが好き」ということを、1人の編集者として(人間として)発信しようということです。それは自己の表明であり、みなさんに僕たち自身を知ってもらうということです。

なぜそんなことをするのか? メディアというのはSNSのような個の発信ではないし、匿名性を保ち、本来はもう少し権威的なものであるべきだ、という考えもあると思います。それに異論を唱えるつもりもありませんし、実際そういうふうにして社会と共存してきたのがマスメディアだとも思います。一方で、社会も世界もずいぶん変わり、個人が個人とつながることも、個人が社会とつながることも、前よりもずっと容易になりました。誰もが自分の興味にとても詳しくなり、その興味を後押しする(それを利用もする)さまざまなコミュニケーションが生まれています。そんな時代において「誰かが本当に好きかどうか疑わしい2次情報」みたいなものを別の誰かが好んで求めるとは、僕はどうしても思えないんですね。情報が少ないときはそれでもそれが価値を持った時代がありましたが、今は違います。誰かにとってはノイズのようなものが、別の誰かに深く届く時代です。逆に誰のノイズにもならないものは、もはや誰の心にも残らない。雑誌という呼び名は同じでも、その意味は少しずつ変わっていくのかもなって、そんなふうに感じています。だから積極的にノイズを作っていこうと。

メトロミニッツ

ので、僕たちはいま「当たっているか間違っているかわからない」道を歩き始めようと思います。なかなかすぐにはうまくいかないかもしれませんが、少しずつ。それは別に目立ちたいとか、名前を知ってほしいとか、そういうことではありません。個のないところには、たぶんいかなる好きも生まれない。ただそれだけのシンプルなことなのです。

これからの僕たちはみんなで「わたしはこれが好き、あなたはどう?」というお互いの投げかけができる機会を作れたらいいなと思います。それはイベントかもしれないし、SNSかもしれない。メトロミニッツというのは雑誌であると同時にメディアです。今あなたが手にしてくれているこの紙面以外のところでも、僕たちはもっとあなたに語りかけられたらいいなと思います。

「今日もキゲンよくできていますか?」

もし今日がうまくいかない日なのだとしたら(そんな日なんていっぱいありますよね?)、少し話していきませんか。そんな時にこそそばにいられるメディアになることが、僕たちのめざすところです。

※メトロミニッツ2026年7月号より転載 

※記事は2026年6月20日(土)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります