ここ10年、サウナブームの到来で、銭湯の立ち位置が変わってきました。なぜ「ととのう」はここまで人々を魅了するのだろう。ふたつの銭湯にフォーカスを当てながら、東京銭湯の今を読み解きます。銭湯とサウナを愛するライター・はせがわみきさんにお話しを聞きました。
都会疲れに必要不可欠な
「銭湯」という場所
ここ10年、東京の銭湯文化は大きく変わってきた。設備老朽化や後継者不足、燃料費高騰。廃業を余儀なくされる銭湯も少なくない。そんな激動の中、家族代々、伝統的な銭湯を守り続けている人たちがいる。「継ぐことに迷いはなかった」と語るのは、板橋駅と西巣鴨駅の間に位置する「滝野川 稲荷湯」5代目の土本公子さん。8歳の頃から番台に上がり、創業100年を超える稲荷湯を家族とともに守り続けてきた。
「清潔感を第一に。それが先代からの教え。お客様が気持ちよく帰ってくれるのがいちばん。難しいことは考えない」と笑顔で語る土本さんの表情は、実に逞しい。少人数の家族経営において「当たり前なこと」を続けることがなによりも難しいからだ。宮造りの外観、昔ながらの番台、開放的な脱衣所、清潔感にあふれた浴室、鯉が泳ぐ趣ある池。古きよき銭湯の風景が残る稲荷湯のすべてに言葉通りの気持ちよさが保たれている。
一方、リノベーションや世代交代を経て、新たな形で続いていく銭湯が現れてきた。2019年、ドラマ『サ道』の放送をきっかけに訪れたサウナブームが追い風となり、サウナに力を入れる銭湯も増えている。
錦糸町「黄金湯」は、その代表格といえるだろう。モダンな浴室、銭湯とは思えない本格的なサウナ環境。軽快な音楽が流れるロビーでは、オリジナルクラフトビールがいただける。2020年、全面リニューアルを遂げた姿は、従来の銭湯のイメージを大きく変えた。
「どうしたら銭湯に足を運んでもらえるのか、常に考える」「東京こそ銭湯が必要。息抜きできる場所は限られる」と語るのはオーナー新保朋子さん。ご主人の家業である「大黒湯」の引き継ぎを機に、勉強のため銭湯を巡った。しだいに、異なる個性を持つ銭湯空間に惹かれ、「ひとつでも多くの銭湯を残したい」という想いから、廃業が決まっていた近隣の「黄金湯」を前オーナーからリスク承知で引き継いだ。
昔ながらの伝統的な銭湯と、革新的なデザイナーズ銭湯。姿は違えど「来てくれた人に喜んでほしい」という、おもてなし精神は共通だ。忙しい東京で銭湯が求められるのは、現代人にとって、癒しや回復が必要不可欠だからだろう。
“ととのう”とは、サウナの後に訪れる感覚だけを指すのではない。スマホの通知や求められる役割から解放され、自分の感覚を取り戻すこと。店主の想いが強く、熱く反映される銭湯だからこそ、人の温もりに心がほぐされ、ととのうのだ。
「ととのう」がここまで広がったのは、東京を生き抜く人たちが無意識に“自分に還れる場所”を求めているからかもしれない。
PHOTO/YUKI NASUNO
※メトロミニッツ2026年7月号より転載






